仕事の関係で最近2011年13月の気分がしている「せ」です。
以前某先生が「俺まだ年明けてないんだよねぇ」とおっしゃっていたことが
なんとなくわかったような気がします。
年末年始は久しぶりに実家に帰省しました。
そこで告げられる衝撃の事実の数々…!
まぁマイナスの方の事実ではなかったのでよかったのですが
いろいろと驚きの連続でした。個人的に。
あとは「
薩摩剣士隼人」の一挙放送があったのでそれを見てました(笑)
何度見ても「
カジュカンサー」は怖い…。
さて1月7日は七草で、七草粥を食べて1年の健康を願うとか、
どんど焼きを行うとかいろいろあります。
天草だとどんど焼きはオネビといいます。
これは「鬼火」が転訛したといされます。
もともと七日正月(なぬかしょうがつ)といって、正月七日は大事な日でした。
1月の6日の夜から7日にかけて各地では様々なことが執り行われています。
鬼火焚きに関した名称は、主に島嶼部を含む九州の西側を中心とする地域で見られ、
鬼火のほかに鬼の骨焼きとかオネッコとか呼ぶ地域もあるそうです。
鬼火たきは正月六日から七日にかけて行われる行事のひとつで、
正月の時に使っていた松飾りなどを集めて燃やすのですが、
この火に当たると若返る、女性が尻をあぶると妊娠しやすい、
焼いた餅を食べたり灰を体に塗ると病気にならないと言われます。
伝承のなかには、この晩に鬼がやってくるので
鬼の目や手足を焼いて焼き殺したり(!)追放したり、
南九州では鬼が餅を持ってきて子どもたちに与えるという
来訪神的な正確のモノまであり、様々です。
九州の七日の火祭り(鬼火焚き・ホッケンギョウ)と
十四日の火祭り(とんど・左義長)との分布が熊本県中部で重複し、
鬼火焚き(焼き畑農耕系の古い火祭り)→とんど(稲作農耕系の火祭り)へ
広まった際に、九州に残ったモノが鬼火焚きであったとする説があります。
ただ、現在聞き取り調査などをやってみると「やってない」という答えがほとんどです。
理由としては「人間がいなくなった」と、人手不足をあげるのが大半なのですが
中には「数十年前に鬼火が原因の火事が起きて、それが理由でやらなくなった」と
事故を理由にしているところもあります。
やっているところは木を山から切り出したりして大きくやっているようです。
そういえば昨年は本渡中学校でもやっていたような…
対岸にあるので資料館からもよく見えてました。
撮影記録を見たら2011年1月9日でした。
そうだ。鬼火のことばかり書いてたら七草がゆのことをすっかり忘れてた。
七草粥、「せ」の地元では食べませんでした。
(もしかしたらウチだけだったかもしれませんが)
その代わり「ナナトコズシ」というのを食べました。
ズシ…ちらし寿司のようなおこわのような炊き込みご飯のような…
そんな食べ物を数え七つの子どもが近所の7軒からもらう、という行事。
「せ」も重箱もって親と一緒に家々をめぐりましたよ…。
(具体的には父方の実家周辺ですが)
「これが鹿児島の七草なんだよ」といくら説明されても
「なんでウチは七草粥じゃ無いんだ」と腑に落ちなかったことを今でも覚えています。
天草では七草粥が一般的なんでしょうか。
スタッフが「何合炊く?」という話で盛り上がってました。
…と、七草に関してあれこれ書かなきゃならないけど
あまり長々書きすぎてもアレなのでちょっとばっかし分けようかと思います。
某マンガっぽく「もうちょっとだけつづくんじゃ」ということで(汗)