1月26日は文化財防火デーです。
昭和24年の1月26日に法隆寺金堂の壁画が焼失したことがきっかけとなって制定されました。
…って解説は昨年も書いたような気がするので詳細は割愛。
文化庁のホームページにその詳しい経緯や内容が書かれています。

文化庁―文化財防火デー

本渡歴史民俗資料館ではこれにあわせて、ちょっと早いですけれども
1月24日(火)の朝から防火訓練を行いました。
消防署に協力してもらい、通報から避難誘導、そして消防隊の到着と
逃げ遅れた人の救助活動、といったことをひと通りしました。
「せ」は燃えている場所を探すのと、2階の展示室にいる人を避難誘導する役割でした。
2階の展示室は1階に比べて広く、しかも入り組んでいるため
避難の際に逃げ遅れた人がいないかを確認することがちょっと大変です。
これは今後考えなければならない点だと思います。



避難訓練後、水消火器を用いて消火器の使い方をおさらいしました。
おさらいとはいえ、実際に使うとなるとわからなくなるものです。
ピンを抜いていなかったりとかね。
いざという時ちゃんと使えるようにしておきたいです。

一番大事なのは火事を出さないことです。
今後も気をつけていきたいと思います。
仕事の関係で最近2011年13月の気分がしている「せ」です。
以前某先生が「俺まだ年明けてないんだよねぇ」とおっしゃっていたことが
なんとなくわかったような気がします。

年末年始は久しぶりに実家に帰省しました。
そこで告げられる衝撃の事実の数々…!
まぁマイナスの方の事実ではなかったのでよかったのですが
いろいろと驚きの連続でした。個人的に。
あとは「薩摩剣士隼人」の一挙放送があったのでそれを見てました(笑)
何度見ても「カジュカンサー」は怖い…。

さて1月7日は七草で、七草粥を食べて1年の健康を願うとか、
どんど焼きを行うとかいろいろあります。
天草だとどんど焼きはオネビといいます。
これは「鬼火」が転訛したといされます。

もともと七日正月(なぬかしょうがつ)といって、正月七日は大事な日でした。
1月の6日の夜から7日にかけて各地では様々なことが執り行われています。

鬼火焚きに関した名称は、主に島嶼部を含む九州の西側を中心とする地域で見られ、
鬼火のほかに鬼の骨焼きとかオネッコとか呼ぶ地域もあるそうです。
鬼火たきは正月六日から七日にかけて行われる行事のひとつで、
正月の時に使っていた松飾りなどを集めて燃やすのですが、
この火に当たると若返る、女性が尻をあぶると妊娠しやすい、
焼いた餅を食べたり灰を体に塗ると病気にならないと言われます。
伝承のなかには、この晩に鬼がやってくるので
鬼の目や手足を焼いて焼き殺したり(!)追放したり、
南九州では鬼が餅を持ってきて子どもたちに与えるという
来訪神的な正確のモノまであり、様々です。

九州の七日の火祭り(鬼火焚き・ホッケンギョウ)と
十四日の火祭り(とんど・左義長)との分布が熊本県中部で重複し、
鬼火焚き(焼き畑農耕系の古い火祭り)→とんど(稲作農耕系の火祭り)へ
広まった際に、九州に残ったモノが鬼火焚きであったとする説があります。

ただ、現在聞き取り調査などをやってみると「やってない」という答えがほとんどです。
理由としては「人間がいなくなった」と、人手不足をあげるのが大半なのですが
中には「数十年前に鬼火が原因の火事が起きて、それが理由でやらなくなった」と
事故を理由にしているところもあります。
やっているところは木を山から切り出したりして大きくやっているようです。
そういえば昨年は本渡中学校でもやっていたような…
対岸にあるので資料館からもよく見えてました。
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撮影記録を見たら2011年1月9日でした。

そうだ。鬼火のことばかり書いてたら七草がゆのことをすっかり忘れてた。
七草粥、「せ」の地元では食べませんでした。
(もしかしたらウチだけだったかもしれませんが)
その代わり「ナナトコズシ」というのを食べました。
ズシ…ちらし寿司のようなおこわのような炊き込みご飯のような…
そんな食べ物を数え七つの子どもが近所の7軒からもらう、という行事。
「せ」も重箱もって親と一緒に家々をめぐりましたよ…。
(具体的には父方の実家周辺ですが)
「これが鹿児島の七草なんだよ」といくら説明されても
「なんでウチは七草粥じゃ無いんだ」と腑に落ちなかったことを今でも覚えています。
天草では七草粥が一般的なんでしょうか。
スタッフが「何合炊く?」という話で盛り上がってました。

…と、七草に関してあれこれ書かなきゃならないけど
あまり長々書きすぎてもアレなのでちょっとばっかし分けようかと思います。
某マンガっぽく「もうちょっとだけつづくんじゃ」ということで(汗)
約2ヶ月間にわたって当館で開催されておりました秋期企画展
『天草今昔-麦島勝の見た昭和-』の期間中入館者数が出ましたので
ご報告いたします。

開催期間 平成23年11月8日(火)~12月25日(日)
開館日数 42日間
総入館者数 1664人
日平均 39.6人

入館者 内訳(1)
市内から 589人
島内から 70人
県内から 441人
県外から 564人
外国から 0人

入館者 内訳(2)
一般 1351人
小・中学生 313人

天草市内だけでなく、熊本県内外からもお越しいただいているようです。
ただ、2000に届かなかった点は残念です。
例えば11月1日頃から開催していれば届いていたのかなぁとか
いろいろと反省する点も見えてきました。
このデータは今後に活かしていきたいと思います。

ちなみに、25日以降の天草宝島国際交流会館ポルトでの展示では
12月27日(火)から1月3日(火)(12月31日、1月1日休業)の期間で
86名だったそうです。
あけましておめでとうございます。
早いもので2012年となりました。

また旧年中は大変お世話になりました。
秋期企画展も多くの皆様にご覧いただきまして、有難うございました。
本年も様々な企画展を開催するだけでなく、
天草の歴史や民俗、文化などについても
じっくりと調査研究を進めていきたいと考えております。

2012年も本渡歴史民俗資料館をはじめ
天草市の各資料館をよろしくお願いします。

12月25日に無事企画展を終えることが出来ました。
多くの方々に御覧いただきましてありがとうございました。
なお「お知らせ」にも掲載しましたが、今後写真の方は
天草宝島国際交流会館ポルトと
天草市立天草コレジヨ館の方に巡回する予定となっています。
既にポルトの方で展示は始まっていますので
多くの方々にまた見てもらえればいいなと思います。

企画展開催中には2度ほど麦島さんご本人に来館頂きました。
写真展に大変喜んでいただけたことを嬉しく思います。
また意外な人たちと知り合うことができたことが
非常に面白かったと「せ」個人的には思っております。

ただ問題も少なからずありました。
まずキャプションの内容の間違いが挙げられます。
もともとキャプションに関しては麦島さんがメモしていた撮影データをもとに
作っていたのですが、こちらで解釈するときに間違っていたり、
麦島さんが違った撮影地/年代を付けているものなどもありました。
結局、ご本人がいらしたときに「これはどこですか」「いつ頃の写真ですか」
と聞取りをもとにして補足する必要がありました。
凄いなと思ったのは、麦島さんが写真を見ただけで
「これはどこそこ」「それはどこどこ」と撮影地をスラスラと答えられたこと。
やはり撮影者は覚えているものなんだなぁと思いました。

それから問題のもう一つに「見せ方」があると個人的に感じております。
今回は穴あきボードを立てて、そこにA3に引き伸ばして印刷した写真を
パネル内に入れたものを展示しました。
順路や展示する順番、パネルの大きさや文字の大きさ、表現方法…
考えなければならない箇所がたくさん見えてきました。
あ、ポスターも。
自分も写真を撮る人間なので、見せ方とかは今後重要になりそうです。

また今回の写真展に関して、写真展の開催に快く承諾していただいた
麦島勝さんはもちろんのこと、写真の印刷やポスター制作ならびに出力、
そのほか様々な点でご指導・ご協力いただいた熊本大学の岩崎先生や
同大学五高記念館のスタッフの皆さん、細い作業を手伝っていただいた学生の皆さん、
また共催を快く引き受けていただいた
熊本大学拠点形成研究B「閉鎖性沿岸海域における環境と防災、豊かな社会環境創生のための先端科学研究・教育の拠点形成」研究グループ及び、熊本大学文部科学省特別研究「生物多様性のある八代海沿岸海域の俯瞰型再生研究プロジェクト」研究グループの各先生方
大変お世話になりました。ありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。
また機会がありましたらよろしくお願いします。

気づいたら早いもので12月も半ばを過ぎていました。
クリスマス?マル・マル・モリ・モリ?除夜の鐘?なにそれおいしいの?と
思いつつ12月を過ごしている「せ」でございます。
ふたご座流星群の写真を撮影しようとして装備固めて外に出たら
まさかの眩しすぎる月明かり&近所のお宅からの光&近所の駐車場の街灯
と非常に明るくて写真どころじゃなかったという近況です。

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さて、先日第7回目の養成講座が行われましたのでその様子をお伝えします。
今回は資料館の外へ行くのではなく、久しぶりの館内での講座でした。

研修室で開催中の写真展『天草今昔』を見に来られた方にはご迷惑をおかけしました。
事前にきちんとアナウンスすべきでした。申し訳ありません。

DSC_2203

今回はまず、前回の聞取り調査の結果を各班から1人発表して頂きました。
全部で7班あり、聞取り項目は「年中行事」と「人生儀礼」で、4対3の割合です。

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項目ごとで質問は同じなのですが、話をしてくださる方や、班の年齢層によって
非常に多用な聞きとり結果が出ていたようです。
中には同じ班の人で同じ人から聞き取っていても、全く違うことを書いているという方たちもいました。

ああ、なんというか懐かしい…。
民俗学を専攻しはじめたころ、連れられて初めて行った
調査実習で同じ班の人と食い違ってたことを思い出します。
こうなった時のためにICレコーダー等が重宝するのですが、
私のいた研究室は使わない主義だったので
徹底的に間違いがないような聞き書き、という感じの方法が先輩から後輩へと
綿々と受け継がれているのでした。

もっとも私より3つ下の学生からは普通にICレコーダー使ってましたが。

現在受講生の皆さんが書きだした内容を「せ」がまとめているところですが、
皆さん初めてにしてはある程度聞取りができているようでした。
中には前回の講義後、配布された質問項目を用いて、ご自宅周辺の奥様衆から
聞き書きを行ったという方までおられました。

その後は昨年行われた養成講座受講生のレポート発表を聞き、
これから作成する課題レポートのイメージをつかんでもらいました。
この養成講座は最後にレポートを提出してもらう事になっています。
だいたい2000字程度のものなのですが、テーマ設定から内容を作っていくところまで
なかなか難しい物があると思います。

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パワーポイントを用いてのプレゼン。
研究の方法や今後の課題に関してまとめておられました。
次は自分たちがレポートを提出するので皆さん真剣です。

このプレゼンのあと、受講生の方一人ひとりから
「現在テーマとして考えていること」を発表してもらいました。
食事に関するものや石碑、小祠の由来、天草四郎など…
多岐に渡るものでした。
大体は一人ひとりそれぞれで課題をこなされるようですが
1つだけ3人組グループがありました。
彼らがどのような課題レポートを提出されるのか楽しみです。

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以上第7回目の講義レポートでした。
この課題テーマをひねり出すのが一番難しい作業です。実は。
出てくるときはぱっと出てくるんだけど、そこから更に絞り込んでいく
(実際に出来ることは限られているため)作業が一番大変です。
受講生の皆さん、頑張ってください。

なお次回は年明けて(!)からの開催になります。
寒くなってきましたので、健康にはお気をつけ下さい。
最近陽が落ちるのがとても早いですね。
朝夕と言わず丸一日が寒い状態になってきました。
風邪やマイコプラズマやその他諸々体調を崩しやすい時期です。
皆さんもお気をつけ下さい。

さて、先日行われていた「ゆるキャラグランプリ」はくまモンが1位となり、
キャプテン海道くんは15位と健闘していました。
10位圏内まで届かなかったのは惜しかったなー。

そんな中で、ネットをぶらぶら見ていたらこんなものを発見。
その名も『薩摩剣士隼人』



↑既にYoutubeでは第4話まで公開中(11/29現在)。
実を言うと、私「せ」の出身は鹿児島なのです。
これはツイッター(私用)の同郷の友人に教えてもらいました。
いやー全体的に漂うこのゆるさがいいですね。
OP/EDもどことなく仮面ライダー響鬼のような雰囲気があるようなないような。

あと、つんつんかわいいよつんつん。

熊本県に約10年住んでようやくこちらの言葉もある程度わかるようになったところ
今度は地元の方言、いやイントネーションを若干忘れるという状態に今なってます(笑)
というか、ここまでイントネーションがはっきりしてたっけ?とか改めて思います。
まー正月とかお盆に帰ったらいろいろと「勘」を取り戻すのでしょうけど。

こういう「ご当地キャラ」とそこに反映される、いわゆる「県民性」的なものの関係とか
いろいろと考えるところがありそうだなぁと思いました。
天草にもこういう地元ヒーローキャラ
(天草四郎はあまりにも有名で存在がでかすぎるのでそれ以外で)
あれば面白いんだけどな。

「黒豚ヴィちゃん」がツボに入った「せ」でした。
というか、もうすぐ12月でクリスマスでお正月がやってくるらしいのですが。
早いですねぇ…。

そんな訳で、当館周辺の様子でも。
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山茶花やらイチョウやら、すっかり色づいてました。
このうち上から3枚目の写真は借り物のマクロレンズを使用して撮影しました。
借り物でも使えるのが同じマウントの強み。

今年も残すところ約1ヶ月。
そろそろ年賀状の用意をしなきゃなぁ。

現在開催中の企画展『天草今昔』ですが、多数の方にご覧いただいております。
11月がもうすぐ終わるので、そろそろ写真の入れ替えをしようかなぁと考えています。

そして本日。
この『天草今昔』で展示している写真の撮影者である、麦島勝さんがご来館されました。
事前に何にも話を聞いていなかったので非常に驚きました。
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↑この方が麦島さんです。
今回は天草フォトクラブの小林健浩さんとご一緒でした。

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↑写真を見ながら話し込む麦島さんと小林さん(奥の男性)。

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↑当館スタッフの質問に、撮影時の思い出を交えながら話す麦島さん。

撮影時の苦労話や、なぜ写真を撮るようになったのか、
その他様々な思い出や麦島さんご自身のこれまで、などなどを
たくさん聞かせて頂きました。

麦島さんには、今回の写真展の感想を次のように頂きました。
「写真をこのように展示してもらって嬉しいし、
何より写真たちが日の目を見ることになって一番喜んでいるんじゃないか」と。
この一言を聞いて、写真展を開催してよかったなと思いました。

この他に撮影時の細い情報もいくつか伺うことができました。
てっきり2号橋だとばかり思っていた橋が、
実は維和島にかかる橋だった、ということが今回わかりました。
そしてその工事に麦島さんも携わっていたということもわかりました。
あとここにはまだ書き切れない様々なお話を聞かせていただいたのですが、
それは後日、またまとめてから掲載しようと思います。

以上取り急ぎのレポートでした。
と、いうことで。
24日に行われた「くまもと自然と文化の学芸員」養成講座の公開講座に行って来ました。

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今回の講師は川那部浩哉先生。
滋賀県立琵琶湖博物館の前館長です。
個人的には、博物館の中に設けられた昭和期の一般家庭を
忠実に再現した展示がある点に興味をひかれています。

琵琶湖博物館には「はしかけ制度」という面白い制度があります。
ちょっと長いけど引用すると、

「はしかけ」は男女の間にはいって縁談のきっかけをつくる人を指す言葉です。本来の意味とは違いますが、人と人の出会いを応援する人の役割は「はしかけ」さんの活動に通じると考えこの名称を使用しています。

「はしかけ制度」とは、琵琶湖博物館の理念に共感し、共に琵琶湖博物館を作っていこうという意志を持った方のための登録制度です。登録を行うことで博物館 内外での活動ができ、活動に関する情報を知ることができます。また、自分たちで様々な活動を企画・運営することができます。

この制度は2000年8月からはじまりました。2011年度は、349名(2011年11月9日現在)の登録があり、15のグループに属して活動を行っています。

※琵琶湖博物館ホームページより引用。

博物館側が「こういうことをしませんか」といって人を集めるのではなく、
反対に「こういうことをしたい」という人達が集まって
博物館にも協力をしてもらうという仕組みらしいです。
この話を聞いた時目からウロコでした。
だから最初のうちは学芸員も呼ぶけど(一応、らしいです…)
終いには「あとは自分たちでやるから!」と学芸員にも声をかけなくなる…
と笑いながら先生はおっしゃっていました。

また、琵琶湖博物館は
「誰でも・どこでも博物館」と称した博物館活動を行なっていまして、
「はしかけ制度」もこの一環だそうです。
最後の展示室(出口)には「博物館はほんの入口」と書かれているそうです。
つまり、博物館は知識の入り口でしかないのであって、
そこから次のステップへ進んで、自分の興味あることを掘り下げていくことや
さらに知識を深めていく、そのきっかけとなるのが「はしかけ制度」でもあるわけです。
非常に面白い取り組みだなぁと思います。

今回の講演を聞いて、今後当館でどういうことができるのか
考えていきたいと思います。


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